おしゃべりのお仕置き - しりはた
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おしゃべりのお仕置き

翻訳
08 /18 2018
too loud
投稿者:サマンサ

 私が子供だった1950年代には、お尻のお仕置きは常識で、親に従わなければお尻をひっぱたかれると私達一つ屋根の下の子供たちは肝に銘じていました。私はあるお仕置きを良く覚えています。その時お尻を叩かれたのは、当時10歳だった私と、当時13歳だったマットという名の兄でした。

 マットと私は長男長女だったのでとても仲が良い関係にありました。ほかの弟妹たちは上から順に、8歳の妹レベッカ、7歳の妹メーガン、5歳の弟ベン、3歳の妹メアリー、そして1歳の妹ヘザーでした。ヘザーはまだ1歳なので専用の子供部屋を使っていました。そのほかの子供たちは二つの部屋を、マットとレベッカと私でひとつ、ベンとメアリーでひとつ、という風に割り当てられて使っていました。
 我が家の決まりで、夕食時には子供達は家族全員が食べ終わって父の許可を得るまで、席を離れてはならないことになっていました。お許しが出ると、私達は二つの子供部屋で夜を過ごしました。幼いメーガン、ベン、メアリーの3人は、部屋に戻って30分後にはベッドに入っていなければなりませんでした。それが守られていないときには6人の子供たち全員がお尻を叩かれました。年長の3人には幼い3人を寝かしつける義務があったからです。年長の3人はその15分あと、午後8時30分にはベッドに入りました。18歳になってデートに出かけるようになると、私の寝る時間は午後11時に伸びましたが、それまでは毎晩午後8時30分にベッドに入る生活を続けていました。

 父は補聴器をつけていて静かな環境でないと音を聴きとれませんでしたから、もし私達が子供部屋で父の耳に入ってしまうような騒音を立てたら、母は私達に警告を与えるために二階にやってきたものでした。母はよくこんな風に警告しました。「また大きな音を立てたら、あなた達のお尻を叩いて大きな音を出してあげます。それがお望みでしょ?」お仕置きを回避するために、「わかりました、そのときはお願いします」と私達は答えました。大抵は母の警告だけで効果がありましたから、子供部屋は静かになりました。

 ある日の夜のこと。珍しく、マットと私はうるさい音を立て続けていました。母からはすでに警告を与えられていました。誰もが眠りに落ちている中、マットと私だけが起きていたのです。二段ベッドの上と下がそれぞれマットと私の寝る場所で、上段から顔を突き出したマットと私はおしゃべりに興じていました。私達は廊下を歩いてくる母の足音に一切気付きませんでした。マットも私も、母が音を立てて子供部屋のドアを開けたときはじめて、深刻な事態に自分たちが陥っていることに気付きました。母はレベッカに、もうひとつの方の子供部屋に行ってくれないかしら、と静かな声で言いました。

 向こうの子供部屋のドアが閉まる音がするまで待ってから、母はマットに降りてきて下の段に座るように命じました。「こんな夜更けにおしゃべりなんて、何を考えてるんです?もう11時ですよ」母は私達を叱りました。私達はふたりとも床を見つめていた。「立ちなさい」私達は言われたとおりにしました。「ベルトを取ってきます。戻ってくるまでにいつも通り準備を」そう言い残して母は部屋を出て行きました。私達は急いでパジャマのズボンを脱ぐと、ベッドの方を向きました。

 「ごめん」とマット。

 私は言いました。「悪いのはお兄ちゃんも私も同じ。だからお兄ちゃんと同じ罰を受けるのは当然だと思ってる」

 マットは手を伸ばして、ベッドの支柱のところで自分の手と私の手を重ね合わせてくれました。その仕草をとてもいとおしく感じました。

 私は兄が罪悪感を感じているのを知っていました。自分がおしゃべりを続けていたせいで妹がお仕置きされることになってしまった、と。私は、自分だっておしゃべりにつきあっていたんだから、お仕置きされて当然だと感じていました。

 約10分後に母は戻ってきました。お仕置きの前、母は待ち時間を設けるのが常で、それが効き目があると考えていたのでしょう。

 「ふたりとも、信じられないくらい悪い子です。あなた達は長男長女なんだから、我が家のルールは一番良く知っているはずです。だからこれから母さんが悪いお尻を懲らしめてあげます。弁解したい子はいますか?」

 私達は首を横に振って、「いいえ」と答えました。

 母はベルトを置くと、両手を私達のお尻に乗せました。母はこの仕草を欠かしたことはなく、母曰く「お尻の冷たさを手で覚えておいてこれからのお仕置きの量を考える」ために行っているとのことでした。母がこうするとき、いつも私は心が折れそうになりました。私はマットの顔を見ました。マットの目は、母に従うように、そして泣き声をあげないように、と言っていました。

 母はベルトを拾いあげ、マットのお尻にお仕置きを始めました。母のお仕置きはゆっくりとしたペースで進み、静かに行われました。母はお尻を叩くときお説教をしなかったからです。私達は最年長の子供でしたから、罰の時に泣き声をあげたり動いたりすることは禁止されていました。マットは掛け布団を口に咥えて、声が漏れないように耐えていました。マットは30発から40発くらい叩かれたと思います。

 「さ、隅で立っていなさい!お尻を触ろうなんて気を起こさないこと。身体をちょっと動かすのも禁止です。そしてわかってるわね、泣き声が聞こえたら母さんは絶対に許しません!」打ち終わると母は言いました。

 それから母は私のお仕置きをはじめました。ビシッ、ビシッ、ビシッ。私はこのまま死ぬんじゃないかと思いました。母は、マットと同じく30発から40発、私のお尻をベルトで打ちました。「あなたも部屋の隅で立ってなさい!」おまけの一発と一緒に母は言いました。

 お仕置き後も母は部屋から出て行かず、私達は壁を向いて立たされたままでした。10分後、母は私達を目の前に呼んで、言いました。

 「母さんはもう二度とこんなことしたくない。あなた達、弟たち、妹たちが大好きなんですから。でも、我が家には7人も子供がいます。母さんは全員を躾けなければならないし、特にあなた達は最年長なんです。弟、妹たちの模範にならなくちゃ。下の子たちにわからせる必要があるんです。母さんが兄さんや姉さんにしたことは、自分たちにも同じように起きるんだってことをね。今夜はレベッカを向こうの部屋に寝かせるつもりです。それなら質問攻めに遭わなくて済むでしょ。おやすみなさい」

 母はわたしたちのおでこにキスをして部屋を後にしました。

 私達はパジャマのズボンと下着を元の位置に戻して、二段ベッドの上の段にのぼりました。怖かったり悲しかったり、お仕置きされた直後だったりしたとき、いつも私はマットのところに上がりました。マットは私に向き合うと、抱きしめてくれました。

 「可愛いサム。大丈夫?」マットが言いました。私を「可愛いサム」の愛称で呼んでくれるのはマットだけでした。その呼び方に両親はあまり良い顔をしていませんでしたが、その愛称をマットは使い続けていました。私はその呼び方を気に入っていました。「私は大丈夫。お兄ちゃんは?」「なんとか生還したよ、でもすごくお尻が痛い、きっとお尻の神様が僕を地獄に落としたんだ」とマットは言いました。

 「そんな言葉の使い方を二度としてはいけませんよ、マット。神様を冒涜する言葉があなたの口から出たらおなじみのベルトを持ってきますからね。わかった?」私はマットを叱り、そしてにこりと笑いました。私は神様を冒涜する言葉が好きではなかったけれど、そしてマットもそれをわかっていたけれど、マットは私が彼を痛い目に合わせたりしないこともまたわかっていたからです。

 「うん、ごめんね」とマット。

 「いいでしょう」と私は返事をして、「だけどさっきお兄ちゃんが正しかったのはお尻がとっても痛いってところ、でも母さんのお仕置きも、同じくらい正しいことだって私は思う。だっておしゃべりは禁止だったんだもの」

 「わかってる、ごめん。可愛いサムまでお仕置きを受けたのは僕のせいだ」

 「会話するには人間が二人いなくちゃだもの。お兄ちゃんとおなじくらい私も悪い子。お仕置き受けて当たり前だったよ」

 「そろそろ口を閉じていたほうがいいな。またお仕置きされてしまう」とマット。

 「お兄ちゃんの言うとおり。おやすみ」私は自分のベッドに戻りかけて、振り返った。

 「ねえお兄ちゃん」

 「なに?」

 「大好き」そう私は言いました。

 「わかってる。僕も大好きだ。寝るよ、おやすみ」マットが言いました。

 翌朝、弟妹たちは皆昨夜何が起こったのか興味津々でした。メイガンは、痛かった?と尋ねてきました。

 「とっても。だからいい子にしていようね。でないと同じようにお仕置きされちゃうよ」

 マットが後に続けました。「お仕置きは痛くなきゃお仕置きじゃないから痛いんだよ。昨夜お兄ちゃんとお姉ちゃんが寝る時間を過ぎてもおしゃべりしていたみたいに、もし悪い子だったら、二度と同じことをしないように我が家の子供たちは罰を受けるんだ。とっても痛くて、お兄ちゃんもお姉ちゃんも昨夜はずっと受けたお仕置きで頭が一杯だったし、いまだって忘れられないんだよ」

 マットはさらに続けました。

 「でも、母さんも父さんも、僕らのお尻を叩くのは意地悪したいからじゃないんだ。僕達を愛してくれてるからなんだ。ふたりとも僕達に罰を与えるのは好きじゃない、だけど僕らが悪いことをしたら必ず罰は与えられなくちゃならない、そうしないと僕らは立派な市民になれないし、何が正しくて何が間違っているか学べないんだよ」

 「お尻を叩かれたくなかったらいい子になるしかないんだね」とメアリーが言いました。

 「正解。昨日の夜はお兄ちゃんと私は悪い子だったから、当然の報いとしてお尻を叩かれたの」と私は答えました。

 「みんな、朝ごはんの準備ができましたよ」とキッチンから母の声。

 マットが「みんな、行くよ」と声をかけました。

 朝食をとっている間中ずっと、お尻が痛い私達二人はもぞもぞと身体を動かし続けました。両親は時折厳しい目で私達の方を見て、身体の動きを止めなければ再度のお仕置きが待っている、と警告してきました。

 この出来事のあとも、マットと私は、時には一緒に、時には別々に、お尻をたくさんお仕置きされて育ちました。そんなお仕置きのたびに、私達はお互いを気遣いあって成長していったのでした。
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