宣告は人前で、お仕置きは家で - しりはた
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宣告は人前で、お仕置きは家で

翻訳
07 /23 2018
宣告は人前で、お仕置きは家で
Public Promise - Private Punishment.
投稿者:margaret3

 私は1950年代に子ども時代を過ごしました。私の母は、外出している時でも、お行儀よくしなさいと警告する意味で私のお尻をパンと叩く事がありました。それでも、それは本格的な「お尻ペンペン」ではありませんでした。母は人前でお尻を叩く事は決してしませんでした。母は私のお仕置きを、家の中で行われるべきプライベートなもの、私の部屋の扉の向こう側で行われるのが最良だと考えていたのです。
 しかし母なりの考えがあったのか、あとであなたのお尻を叩きますと人前で約束なり警告をするときに、その言葉は皆の耳に入ってしまっても良いと考えているようでした。母が私の自尊心を傷つけようとしたり恥をかかせようとしていたわけではないでしょう。でも結果として私がそういう思いを抱いたのは事実なのです。

 ある日のこと。礼拝が終わり建物から出てきた人達で混み合う教会の前で、母に上で述べたような「お仕置きの宣告」をされたことがありました。 礼拝中、私は行儀の良い子供とは言えませんでした。何度耳打ちされても、席で身体をもぞもぞさせるのをやめなかったのです。そして礼拝が終わり、母が知り合いと長々会話しているあいだもずっと、母の手を握った私はそばで落ち着きなく振る舞いおとなしくしていられなかったのでした。

 母は私に約束しました。「……家に帰ったらお膝の上で、パンツを下ろしてお尻ペンペンですからね!」私達のほうに複数の視線がむけられました。通っていた教会のひとたちとは皆知り合いでしたし、私と同じ学校に通っている子どもたちもいました。 私は恥ずかしさのあまり、顔をあげることができませんでした。

 帰宅すると、涙ながらに謝り倒しチャンスをくださいと訴える娘の声を無視して、母は私を引き連れ二階の私の部屋に向かいました。母は私のベッドに腰を落ち着けると、正面に私を立たせました。私は罪を告白させられました。私はとても悪い子でした、教会ではきちんと座っていられなかったし、礼拝が終わっても母さんが他の皆さんとお話している間、お行儀の悪い間違ったふるまいを続けていました、と。それから母はべそべそ泣いている私を膝の上に寝かせると、ペチコートと礼拝用のワンピースドレスを背中のほうにまでめくりあげました。パンツもふとももの途中まで下ろされてしまいました。

 それから母は、おなじみの丈夫な右手で教会での約束をしっかりと果たしたのでした。

 翌日学校に行ってみると、クラスメイトの全員が、私が昨日母にお尻を叩かれたことはもちろん、むきだしのお尻にお仕置きされたことを知っているようでした。昨日受けたお仕置きについて、クラスメイトと話したり考えたりするなんてもってのほかでした。世界中の人間が私がお仕置きされたことを知っているなんて、やりきれない思いで胸がいっぱいでした。

 クラスメイトにひとり、人が苦しむのを見るのが好きな男の子がいました。普段彼のターゲットになっていたのは男子だけでした。でもその日に限っては、私が吹けば飛んでいきそうな雰囲気を漂わせていたので、彼は欲求を抑えきれなくなったのだと思います。お尻ペンペンをネタに彼にからかわれたのは、その日の私がはじめてというわけではありませんでした。

 校庭の隅で、彼はこっそりと私の後をつけ、それから両手を大きく打ちならして「えーんえーん!」と泣き真似をしてはやし立て、私の顔に浮かんだ表情を見て周りにいた男の子たちは笑い声をあげました。私は怒りに我を忘れ、考えるよりも先に男の子の鼻をこぶしで力いっぱい殴りつけていました。殴った直後の快感といったらありませんでした、仕返しができたしからかわれるのもこれで終わりだと思ったからです。しかし、大変なことをしでかしてしまったと我に返った途端、強烈な恐怖の波が私に襲いかかってきたのでした。

 私をいじめていた張本人は、保健室に連れていかれました。彼は大泣きしていましたし、鼻血を出していましたので。私は校長室に送られて、レディらしからぬ振る舞いについてきついお説教を受けました。

 それでも、私がもっとも恐れていたのは母に知られることでした。当然母にはお知らせが行きました。電話口で母は、私が言い訳のために口を開くことを一切許さず、私の行いは躾けが行き届いている若きクリスチャンにあるまじき振る舞いであると諭しました。 母は寄り道をせずまっすぐ帰ってくるように私に厳命しました。あなたはとてもとても悪い子だったんだから、そんな悪い子はパンツを下げて、お尻にたっぷり鞭ですからね。

 家で母から受ける「鞭」は、いつものお仕置きをより一層厳しくしたものでした。母の膝に横たわり、よくしなる細枝でお尻をぶたれるのです。それは子供時代の私が知りうる限り、世界に存在しうる最悪のお仕置きでした。その日、残りの授業時間中、先生の言葉は全く頭の中に入ってきませんでした。頭の中は帰ったら家で待ちうけている事態で満たされ、私は完全に意気消沈して過ごしました。授業がゆっくりと進んでいく中、私はお仕置き以外の何も考えられませんでした。すっかり食欲を失くしてしまった私は、お弁当も他の子にあげてしまいました。

 学校が終わると、私は出来る限りゆっくりと家までの道を歩きました。胸は恐怖で一杯ではりさけそうでした。母は玄関ポーチで座って待っていました。我が家の庭にはヤナギ科の灌木が茂みをつくっていて、母の手にはその茂みから切り取ったばかりの、丈夫でしなやかな細い枝が握られていました。私は泣きだしました。母はすでに枝の皮をナイフですべて削ぎ落し、表面をなめらかにしていました。そうすれば鞭として使っても、私の小さなお尻に切り傷がつかないからです。

 二階に上がる間中、私は母に許してと懇願しましたが、効果はまったくありませんでした。部屋に着いてからも、私は男の子がひどくからかっていじめてきたことをわかってもらおうと弁明を続けましたが、母はそれを無視して私を膝の上に載せました。肩越しに振り返ってもう一度だけ考え直してほしいと頼みこむ私のスカートとスリップを、母はめくりあげました。そして母がお仕置き準備の最後の段階としてパンツを下げている最中にも、痛い鞭ではなくて、昨日みたいに手でお尻をぶってほしいと私の必死なお願いは続いていました。

 しかし、やはり鞭が差し控えられることはありませんでした。母はこの日、私のお尻に嫌というほど鞭をあてました。 間髪いれずに打ちこまれる細枝の鞭は私のお尻にみみず腫れの赤くて細い痕を残し、それはしまいにお尻の全面に広がりました。真っ赤に熱せられた金属製の針金にお尻を焼かれているような感覚を一発ごとに味わいました。私がもだえ苦しみ、心の中で神様にありったけの声で呼びかけて、あなたの御力を注いで私のお尻を鞭で打つお母さんを止めてくれるならなんでもいたします、と約束するに至ってもなお、母の動きが止まる気配はまったくありませんでした。私の祈りは聞き届けられませんでした。子供時代を通じて、この日母に与えられた鞭は最も痛々しい経験のひとつとなりました。

 そこからの記憶は少し飛んでいます。次に思いだせるのは、母の膝の上で両腕に抱かれ胸に顔をうずめて自分が泣いている姿です。下着は元の位置に戻り、罰は終わり、一方でひどく腫れあがった私のお尻はずきずきと脈打つ痛みに襲われていました。時が過ぎるのもかまわず泣き続けた結果、ついに私は母の腕の中でしゃくりあげながら鼻を鳴らすだけになりました。体力を使い果たしてしまったのです。母は涙でべちゃべちゃの私のほっぺたをベッドカバーの隅でぬぐうと、母自身が祖母の農場で育ったころの話を聞かせてくれました。祖母は、今日私が受けたのとほぼ同じお仕置きを普段から母に与えていたのです。母は、時間も力加減も今日とまったく同じ程度でもって、むきだしのお尻を厳しく細枝でぶたれていたのでした。

 そして母は、自分自身も父も私を深く愛していると言ってくれました。あなたという存在は、神様が自分たち両親に世話をゆだねてくださった、地球上で一番大切な宝物。ふたりともあなたと一緒に天国で永遠の時間を過ごしていきたいと望んでいる。あなたに鞭を与えるのが楽しいわけはない、だけど、私はあなたのためを思って懲らしめを与えるのだし、それは私があなたをとてもとても愛しているから。愛がなければ私は、あなたの心に悪の根がはびこるのをそのままにしておくだろう、と。学校で男の子の鼻先を殴らせた邪悪な心、そのような罪がもしもあなたの心に巣食ってしまえば、あなたは地獄で永久に過ごすことになり、私にもパパにも二度と会えないことだろう。わかってる?地獄であなたは、おしりはもちろん身体はぜんぶ鞭でぶたれてしまうの。さっきのお仕置きを百倍にしたってとうていかなわないくらい痛いのよ。そしてそれは決して終わることがない。なぜなら地獄にいるあなたを神様は決して許してはくださらないのだから。

 私はふたたび泣き始めました。というのも、母の口から語られた地獄の凄惨な描写は私の想像の範疇をはるかに超えていたからです。それに、私を罪人とみなしたが最後、そんなひどい場所にだって永遠に私を閉じ込めてしまうような神様が私を愛してくれるだなんて、その理屈も私には理解不能だったのです。私が思う存分涙を流している数分間、母はずっと辛抱強く私を抱きしめていてくれました。私は落ち着くと母は私のためにしっかりとした調子で祈りをささげてくれました。娘に神の祝福があるように、そうして娘の罪深い心から生まれた強情さと不服従を取り除いてくださるように。娘が落ち込んだ邪悪の闇にあって主が自らの光を見せ給い、そうして破滅へと至る広き道ではなく、狭くとも正しい道へと娘を導いてくださるように。祈りを終えて、母はそっと私をひざから下ろしてベッド脇でひざまづかせました。私のお尻はまだ痛みました。私がひざまづいたのは、私が就寝時にお祈りを捧げているのと同じ場所でした。母に促され、私は主に悪いふるまいをお許し下さいと祈りを捧げ、娘をまっとうな人間に育て上げるため、鞭のお仕置きを与えることも躊躇しないほど私を愛している母という祝福を与えてくださったことに感謝の祈りを捧げました。

 言うまでもないことですが、私は二度と誰かの鼻先を殴りつけるなんてことはしませんでした。
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