お仕置きマニュアル - しりはた
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お仕置きマニュアル

翻訳
06 /18 2017
とある海外掲示板(現在は閉鎖中)で紹介されていた体罰マニュアル(A Handbook of CP)を訳してみました。

作者についてはよくわかりません(自分でマニュアルの最後のほうに書いていますが、住んでる国では有名人のようです)。アメリカ南部のバイブルベルトと呼ばれる地域ではいまだに体罰が合法とされていますが、そうした地域の保守主義な人が書いたのかなという印象です。とはいえ、もはや絶滅危惧種となっている、お尻叩きを擁護する側のテキストとしてよくまとまっているので訳してみました。

マニュアルは、議論精度の粗密が激しくなかなか突っ込み所の多いテキストになっています。作者が力点を置いているのは、科学的に正しいお仕置き道具の選び方らしく、「皮膚レベルにのみ痕の残るお仕置きでなくてはお仕置きは安全ではない」と言えば済むことを長々と論証してくれています。ただしその過程でお尻叩きの赤みや痛みのメカニズムも説明してくれてるのでまあいいか。安全なお仕置きについて述べているのかと思ったら同じ論拠から「電気コードや乗馬鞭」の使用をおおまじめに推奨してるところはなかなか見ものです。それってどんなに気をつけて打っても内部にダメージいくのでは……

このマニュアルに書かれたことを現実に実行すると、虐待として通報されますので絶対にやめてください。


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体罰マニュアル(A Handbook of CP)

■ はじめに(Introduction)

 私は長年、子供の体罰について意見を交換する親たちのグループのいくつかに所属し、インターネットの掲示板で議論をしてきました。いままでの経験(個人的にその経験の詳細を明らかにするつもりはありません、ただ言っておきたいのは、私は体罰についてそのすべての側面を知っているということです)と科学的なリサーチに照らし合わせて、私はいくつかの結論を下すに至りました。そうした結論の多くは、いままで信じられてきた体罰の常識と矛盾します。そういった常識は、体罰をもっとも安全に与えられると信じられてきたのですが。科学的な研究という言葉を使う場合、私は体罰に関わる解剖学、生理学、そして心理学の深い理解を念頭に置いています。このハンドブックを書く理由はここにあります。私が自分の考えをウェブグループに投稿しても、信じられないほど頭が固い反応ばかりが返ってきたのです。私の科学的見地に基づいた議論を理解しようとすらしないで執拗に反駁を試みる人たちは特に最悪でした。たいていの議論はこのような感じで進行します。このやり方は私によく効いた、とか私はこのやり方が好みだ、とか私は昔からそうやってきたんだ、などなど。

 はっきりとここで言っておきたい。そういう議論をしている人たちのことを、私はほんとうに子供を育てている親ではなく、スパンキングマニアの妄想の世界に生きている人たちなのだと思いたくなるのです。なぜかというと、信じられないし信じたくもないことですが、ほんとうに子供を育てている親ならば、科学的事実に基づいた議論をいともたやすく無視するとは考えられないからです。そうした議論は我が子の健康と安全に直結するものなのですから。私は、自分の意見や考え方が100%正しいと言いたいわけではありません。それでも、もし私の議論に反論したいのなら、同じ言語を使ってくれと言いたい。最低でも私の議論と同じだけの論理的で科学的な論拠を伴った言語を使ってほしい。「いままでそうやってきたから」だけでは論拠として不十分なのです。

 そうしたこともあり、私は掲示板での議論をやめることにしました。その代わりに私はこのハンドブックに自分の意見をまとめることにしたのです。私はこのハンドブックを、これまでいくつかの関わりがあったグループに投稿しました。ぜひ読んで、複製してポストして、ウェブ上のあらゆるところで広めてもらえればと思います。このハンドブックは主に以下のトピックを取り扱っています。体罰のメカニズム(どうして、またいかにして体罰は効くのか)、体罰の解剖学的、生理学的側面(体罰の人間の身体に対するインパクト)、道具、体罰を与える身体の部位、法体系としての体罰、体罰の代替案、などなど。



■ 体罰に効果はあるのか。またそれはほんとうに必要なものなのだろうか。
(Does it work and is it necessary?)


 率直に言って体罰はよく効きます。そしてたいていの場合、体罰は必要なものです。

 家庭における体罰については、それらを悪く言う数え切れないほどの研究が蓄積されてきました。それら研究が科学的な知見に基づくものであることを認めない訳ではありませんし、研究の結論がたぶん正しいことも認めます。しかしながら私が指摘したいのは、それら研究が問題を一面からのみ捉えているということです。なぜならこの世界、現代の社会においては、お尻を叩くこと以上に酷いことがあるからです。社会において私達親の果たすべき役割というのは、子供たちをこのきわめて複雑な社会に備えさせるということです。現代社会は最悪なもので私達の子供たちを魅了しようとし続けています。そして彼らが罠にはまったら最後、社会はただ単にもっとも残酷なやりかたで罰して排除するだけなのです。薬物、乱交、性的放蕩、アルコール。犯罪と暴力、手段を問わずお金を儲けたいとする意思。毎日こつこつと仕事を続けること、苦難に立ち向かいつつまっとうな人生を送ることと比べれば、それらは楽しく見えることでしょう。しかしながらそうしたものに屈した時の代償の大きさは、良く知られているところのものです。社会の与える制裁はすぐに与えられ、お目こぼしはありません。これは非常に大切なことです。これが私達が我が子を送りだそうとしている社会なのです。

 ですから我が子を社会に送り出す際には、私たち自身の法体系と同じガードレールを備えたシステムをセットアップしなくてはなりません。そのときには、与えうる限りの愛情と気遣いをもつべきなのはいうまでもありません。ルールを継続して(ここが大事な点です)適用し、子供たちの安全と幸せのバランスを繊細に保つことが求められているのです。子供達には以下のことを納得させなければなりません。人生は、愛情と楽しみに満ち溢れている。しかし、そうした人生には正義なる概念が不可欠であると。お仕置きは常に、ルールを破ったことで得られる不当な快感を上回る嫌悪感を子供に与えるものではなくてはなりません。

 家庭で行われる躾が常に体罰である必要はもちろんありません。末尾でも論じますが、体罰を使わなくても子供に不快な経験をさせる方法はあるのです。しかし私の考えでは、躾に体罰を使わないという選択肢はありません。体罰の適用の仕方は、子供の性格、子供の体力、普段のふるまいによって決まります。ときどきお尻を一発叩かれるだけで十分効き目があり、体罰をあまり受けることがない子供もいるでしょう。一方で、体罰がもっと必要な子供もいるでしょう。基本的なルールとして、親は子供たちに体罰を与えないように出来る限り努力しなければなりません。それを実現する為にはいろいろな方法がありますし、親がどれだけ本気で子供の躾に向き合うかにかかってきます。



■ 痛いのがお仕置きか、恥ずかしいのがお仕置きか
Parental Corporal Punishment: is it about pain, or humiliation?


 率直に言います。お仕置きとは痛み、身体の痛みを与えるものであって、それ以上でもそれ以下でもありません。お仕置きを与えれば子供の心は落ち込みますし、お仕置きにつきもののお説教は間違いなくある程度の恥ずかしさを子供に与えるものです。それでも、親は子供を積極的に、またそうする意思をもって恥をかかせてはいけません。これは強調しすぎてもしたりない点です。心理的な結果、虐待された、疎外感を感じた、否定された、といったお仕置きを受けた子供たちの体験は、身体的な痛みそれ自体より、辱められたという感覚と関係があるのです。そしてそうした心理的な影響は、お子さんの心に長く残り、思わぬ事態を引き起こさないとも限りません。お子さんに「敵」と思われたくないなら、親子関係を破壊する形でお仕置きをもちいたくないなら、きまりの悪い思いをさせたり、自尊心を傷つけたりするようなことは絶対にしてはなりませんし、細心の注意を払うべきです。

 私とは異なる意見を持つ人々が多いでしょうが、体罰という過程の副作用を重視する立場からは、これだけは言っておかなければなりません。体罰は身体的な痛みだけを与えるものです。ですから、家庭における体罰はプライベートが保たれた場所でなされるべきです。人前でお尻を叩いてはいけません。あなたの友人知人、親戚、子供たちの友人、誰であってもお子さんがお仕置きされているところを見せてはいけません。普段から一つ屋根の下で生活している家族であっても、お仕置きを見せてはいけない。ここまで言い切ってもいいのではないかと私は考えています。また、次の点も重要です。おしおきを話の種にしてお子さんを恥ずかしがらせてはいけません。特にお子さんがその場にいる場合、子供の遊び仲間や学校の友達、同級生に子供のお仕置きの話をするのは不適切です。あなたがそうして話をすることで、お子さんはからかわれ、公のはずかしめ、時にはいじめの標的になる可能性があります。

 いくつかの掲示板で私はお仕置き時に羞恥罰を取り入れる提案を目にしてきました。強制的に裸にすること、年齢にあわない服装をさせること、性器を露出させること、などなどです。私はそうした提案を真面目にとりあいたくはありません。本当の子育て中の親ならば、そうした罰を与えるか吟味することすらしないはずだからです。



■ お仕置きの厳しさについて
How severely?


 端的に言います。厳しいお仕置きを与えてください。親子が重大な事態として捉えないような、軽くお尻を叩く行為には何の意味もありません。お仕置きは抑止力でなくてはなりません。お仕置きはお子さんにとっては絶対に受けたくないもので、その気持ちはルールを破り得られる快感に勝るものでなくてはなりません。お仕置きは恐怖の対象であるべきです。お子さんがお仕置きをいかなる手段を用いても避けるようにしなければなりません。もしお子さんのお尻を一週間に一度叩かなければならないとしたら、それは子供が受けているお尻叩きが厳しくないことの証拠です。お子さんはお尻叩きを簡単に払える代償、少なくとも払ってもいい代償と考えているのです。それではお子さんのためになりません。お子さんはこう考えなくてはならないのです。もう二度とお尻を叩かれたくない、こんな目にあうくらいなら絶対にもうあんな悪さはしない。とはいうものの、お仕置きの厳しさは、ルールによって決められた罪の重さと一致していなければなりません。 この点については後述します。



■ 身体で感じる痛みとはどんなもので、その効果はどのようなものか?
What is physical pain and what are its effects?


 私達の身体内部には、すみずみにいたるまで膨大な数の末端神経が存在しています。この末端神経には小さな小さな受容体があって、絶えず信号を脳に送っています。その受容体は全身に存在していますが、もっとも集中しているのは皮膚の表面です。それは当然のことで、なぜなら皮膚は身体と外界の最終防衛線であり、あらゆるダメージにさらされているからです。末端神経は皮膚が接した物体とその素材を判断して信号を送ります。そのなかでも特別な信号は、痛みとして知られています。身体は痛みをこんな風に解釈します。「身体がダメージを受けている、何か良くないことが起こっている」痛覚信号は身体のありとあらゆる場所から脳に送られていて、その信号はさまざまな異なる問題をレポートしています。

 物理的なインパクトによる痛みは、それゆえこんな風に脳に伝わります。「傷つけられている」これは大切な点です。痛みのシグナルを送っている身体の部位は、ダメージを負っている身体の部位だと言うことです。つまり、痛みを感じている組織は、ダメージを受けている組織なのです。これを敷衍するとどんなことが言えるでしょう。

 実はこれがこのマニュアルでもっとも大切なところです。

 叩かれた時に、安全にそのダメージを受け止め処置することができる身体の組織は、ただひとつだけです。
 それは皮膚です。


 もしこの命題が真実なら(私を信じてください)、これもまた真実となります。ただひとつの安全な体罰とは、皮膚レベルにおいてのみ痛みを生じさせるものである。より深層の組織を傷つけることはない、そうしたものである。皮膚以外の組織を傷つけることを望まないなら、道具を慎重に吟味し選ぶ必要があります。ふさわしい道具はしなるもので、皮膚に当たった時にその形状をたやすく変えます。そうした道具はその運動エネルギーを当たった瞬間に解放します。残ったエネルギーは跳ね返るか、その運動を継続する動きに合わせて、皮膚にそって脇にそれる時に消費されます。堅く、形が変わらない道具は、それに対して真っ向から身体に着地します。そうした道具の一発が持つエネルギーは、皮膚を通過してより深層のレベル、関節や筋肉、骨にまで至ります。痛みはそうした組織すべてから発せられることになり、脳には叩かれた部位のすべてが傷つけられ、ダメージを受けているとのメッセージが伝えられます。これが最悪なのは、[身体内部に]引き起こされたダメージは視認できないためコントロールできないという点です。そしてこれが、長きにわたり議論されてきたトピックにつながります。私がこれから表明する意見は、広く信じられている常識を否定するものです。



■ お仕置きの痕について
Leaving marks

 たいていの人は、お尻を叩く際、それが痕をのこさなければ安全だと信じています。もしお尻を叩いて痕が残ろうものなら、上記の考えを持つ人々は虐待だと騒ぎ立てるでしょう。私はその反対を主張します。痕とはなんでしょう?それは身体が持つ防衛機制です。皮膚の赤みは、そのエリアが保護を必要とするために血液が集まり生じます。寒い時私達の頬が赤くなるのと同じメカニズムです。血液が保護を提供する為に集まってくるのです。その次に起こるのは、毛細血管の破裂と微量の血液がその部位にしみだすことです。

 ここでひとつ定義させてください。痛みを感じさせるお尻叩きは、まさにその状態を生じさせるものなのです。

 残される唯一の未解決の問題は、この現象がどんな種類の組織で起こるかというものです。もしそれが皮膚だけで起こるのであれば、それは以下の二点を意味します。

1.ダメージは身体全体にはたいした影響を及ぼさない。皮膚はそのダメージを受け止め、修復することができる、なぜなら皮膚はまさにそのために身体に備わっているものだから。

2.痕は目に見えるものである(これはつまり、与えられたダメージのすべてが目に見えて、適切に処置できるということを示す)。

 もしもダメージがどこか別の組織、より深層で生じたならば、単純なこととしてそのダメージを把握することができないでしょう。もし結果が目に見えないならば、生じたダメージは皮膚と同じようにはそのダメージを取り扱うことができない組織で起こっていることになります。最悪の場合には何もわからないのです。わからないふりをするのはもうやめましょう。お尻に痕が残っていなくても、ダメージを与えていないことにはならないのです。むしろそれは、子供に身体にコントロールできないダメージを与えていることを意味します。こんな言い方もできます。お尻を打つと必ず痕が残る。その痕が目に見えないところに生じているだけだ。これでは安全が確保できているとは到底言えません。こうして結論に至ります。皮膚に痕を残すお尻叩きこそがもっとも安全なお尻叩きなのだと。この方法を使えば、ダメージコントロールは容易で、結果を視認でき、皮膚は受けたダメージをうまく回復できるのです。痕が残らないお仕置きは安全ではありません。痛みを与える形でお尻を叩く時、必ずお尻にダメージを与えている事実はすでに確認しました。痛みとは、「私は傷つけられている」と身体が脳に伝えるメッセージなのです。



■ 道具について
Implements


上記の議論は道具を選ぶ助けになってくれるでしょう。もっとも柔らかい道具ほど安全なのです。皆さんは安全な道具を選択されるだろうとは思いますが、せっかくですから次のセクションでは、私自身が体験談を聞いたり、経験を積んできた道具類について検討していきます。

1.平手(The bare hand)
まだ学校にあがっていないくらいの歳の子供にはもっとも安全な選択肢でしょう。自分の手はコントロールしやすく、すぐにフィードバックがあります。作用と反作用というニュートン物理学の法則のおかげで、平手は子供が感じるのと同じ衝撃を感じることができるのです。これは大きくなった子供に平手を使うのを推奨しない理由でもあります。お子さんが痛みへの耐性がほとんどない場合(末端神経が皮膚の表面により多く存在する場合)はまた別ですが。

2.ヘアブラシ(Hairbrush)
この道具はなぜか非常に広く使われていますが、これは最初に使用を否定しておきたい道具です。理由は簡単で、それは堅い素材でできていて、しならないからです。有る程度の重みがあるならば、それはさらに悪くなります。ヘアブラシは頭でっかちな道具ですから、衝撃の際にそれが持っている運動量は先端に集中し、そのエネルギーは身体の奥にまで達してしまうでしょう。

同じ理由で非推奨の道具をいくつか挙げます。

3.バスブラシ(Bathbrush)
4.木のスプーン(Wooden spoon)
5.ヘラ(spatula)

6.パドル(Paddle)

 この道具は特別な注意喚起を必要とします。地獄で作られたお尻叩きの道具をもし一つ挙げるとすれば、開発されなかったほうがどんなに良かったか、使われなければどんなに良かったかという道具をもし一つ挙げるとすれば、それはパドルです。材質は問題ではありません。木、プラスチック、レキサン[強化プラスチックの一種]、なんでもです。それは堅く、鈍く身体に叩き込まれる道具です。もし疑問を覚えるなら、実験をしてみてください。右手を身体の前に、水平に出してください。手の平を、指が天井を向くように傾けてください。姿勢がとれたら、軽い力でいいですから、パドルで手の平を叩いてみましょう。腕全体、ひじにまで衝撃を感じることでしょう。これがパドルがもたらす作用です。パドルはお子さんの身体全体を貫く衝撃をもたらし、それは骨にまで及びます。パドルを好む親はこう反論するかも知れません。パドルは跡を残さない、と。確かに跡は残らないかもしれませんが、それは皮膚の痛みではなく、より深い層の痛みを引き起こします。パドルは完全に危険な代物なのです。

7.定規、物差し(Rulers, yardsticks)

道具として使えるかどうか、基準に従って判断する必要があります。それがうすく、軽くて鞭のように簡単にしなるなら、使ってもかまいません。とはいえベストな選択ではありません。もしも、定規がしならず重いものなら、使ってはいけません。

8.スリッパ、靴底(Slippers, shoes)
同様です。柔軟性と重さをチェックしてください。

9.ケイン(Canes)
 ケインはその種類によってみかけ、形、サイズ、重さ、材質が異なります。一般的に、ケインは使える道具です。ベストなケインは細く、容易にしなり、先端に重みがないことです。ケインはまた、たいていの場合抑止力としても働くほど厳しい道具です。最低限の注意を払えばおすすめできる道具です。

10.ベルト、ストラップ、トォーズ (Belts, straps, tawses)
 ようやく胸を張っておすすめできる道具にたどり着きました。柔軟な、革でできた道具はすべて素晴らしいものです。たいていの革は人肌とほぼ同じ固さと材質でできています。ベルトは容易に曲がり、流すように打つこともできますが、にもかかわらず確実に痛みを与えます。普段使いの道具としておすすめです。

11.木の枝(Switches)
 厳選した枝を使うことができれば、たぶんこれがもっともすぐれた道具でしょう。太かったりすぐ折れそうな枝を選んではいけません。緑色をしたものがベストです。枝分かれしているもの、細い枝や節が残ったものは使わないでください。木の枝の特性は群を抜いて素晴らしいものです。お尻のどんなカーブにも対応して形を変え、しかも当たったあとはすぐに跳ね返ってくれます。木の枝の種類は多岐に及びますから、さまざまなケースに応じて厳しさを選び取ることができます。柳(willow)からカバ(birdh)、非常に激しい痛みを与えるハシバミ(hazel)まで、もっとも適した枝を選び取ることができるのです。小枝でお尻を打つことは、肌に痛みを与えるもっとも確実な方法で、さらに皮膚の層にのみ痛みを与えることができる最も確実な方法なのです。非常におすすめの道具です。

12.枝鞭(Birches)
 小枝を束ねただけだから同じものと思いがちですが、その認識は正確ではありません。小枝を束ねたもの、それは正しいのですが、非常にコントロールが難しい代物なのです。束ねられた個々の枝は衝撃を受けると広がってしまい、当てるのを避けるべき箇所にまで当たってしまいます。そのため枝鞭はおすすめできません。



■過酷な道具
Extreme implements


 虐待だ虐待だと糾弾をはじめる前に、非常に厳しい体罰よりも最悪な物事が存在する事実を思い出してください。ドラッグの使用や万引き、自動車の窃盗といった犯罪を犯して、刑務所に何年も収監される場合を考えてみてください。子供達をそうした事態からいかなる手段を用いても守りたい、皆さんはその思いに賛同されるはずです。それで、私は以下の節で、非常にまれな事態に際して用いられるべき道具についても検討したいと思うのです。私は皆さんが、そうした道具を使う機会が来ないよう切に願っています。


1.電気コード、延長コード
 基本原則を思い出してください。与えられるすべてのダメージは皮膚レベルにとどまらなければなりません。ケーブルやコードはすべて金属の芯材を使っていますから、それらを道具として使うことを決断する前に重さを吟味してください。使うことができるのは、イヤホン用ケーブル、細い延長コードや電気コードといった細く、軽いケーブルだけです。ジャック部などのパーツが当たらないように、ケーブルは二つ折りにしてしっかりと握ってください。非常に厳しいお仕置きが必要な時に、最大限の注意を払って使用してください。

2.なわとび
 電気コードと同じ原則が、縄跳びとそれと似た道具類にもあてはまります。細く軽いものを選び二つ折りにして、非常に厳しいお仕置きが必要なときにのみ使用してください。

3.乗馬鞭(Riding crops)
 通常のケインよりはるかに厳しい道具……というわけではないのにもかかわらず、やりすぎな印象を与える道具です。実はそこまで厳しい道具ではありません。おすすめできます。

4.鞭(Whips)
 極端な道具類の中でもさらに極端な道具という印象を与えます。もうお分かりと思いますが、鞭を使うのなら、やはり細く軽いものを選びましょう。そして、使うのは一本鞭にしてください。鞭の先に何かが付いていてはいけません。複数の鞭先を持つもの、マルチネットなどと呼ばれる種類の鞭は、枝鞭と同じリスクを持っています。コントロールが非常に難しいのです。一本鞭ですら、その動きは予測が困難です。そうしたコントロールの難しさと苛烈な印象を与える特性を考え合わせると、鞭の使用は最悪の事態が起こった時に限定すべきだと私は考えます。そもそも、ほかにも道具はたくさんあるのですから、無理に鞭を使う必要はないのです。



■ 叩く場所について
Target areas


 絶対に叩いてはいけない身体の場所から始めた方が話が簡単でしょう。まず、身体の前面は例外をのぞき叩いてはいけません。ふとももは例外のひとつで、当たった対象に巻きつく長くて柔軟な(これは体罰を与える道具が備えているべき唯一の特性です)道具で打つと前面に当たってしまうことは避けられません。身体の前面と同じく、首、頭、背中の下部(薄い脂肪の層でしか守られていない腎臓が存在します。リスクを避けるために、適切に選ばれたお仕置き道具は皮膚レベルにしかダメージを与えない事を勘案しても、ここを叩くのはやめておきましょう)、腕、手、お尻の穴、性器、膝の後ろ(ここは非常に薄い皮膚の下に多くの重要な血管と繊細な組織が存在しています)、足首から下です。上記の部位は決して叩いてはいけません。

 お仕置きの対象となる主な場所はお尻とふとももです。そこはもっとも安全にお仕置きできる場所でもあります。特にいわゆる「シットスポット」(お尻とふとももの境界付近)は、叩かれた時に激しく痛みを感じる場所です。背中の上部を叩くのは安全と思われます(私にはなぜわざわざそこを叩くのか理解できませんが)。そこを叩く時は、胸にまきつくように当たるような道具を使ってはいけません。子供の腕は気をつけの姿勢で身体に密着させてください。ふくらはぎを狙う時にも同じような姿勢を取らせるとよいでしょう。繰り返しとなりますが、なぜそこを叩くのか私にはわかりません。



■ 裸にする範囲
Nudity


 お仕置き時に子供を裸にする際には、ひとつの重要なルールが適用されます。叩く部位は裸であるべきで、かつ、叩く部位だけを裸にするべきです。それ以上に子供を裸にする必要はありません。それは子供に屈辱を与えるだけで、お仕置きの際に屈辱を与えては絶対にいけません。血の繋がっている親が体罰を与える際には、下着は安全を確保したうえで脱がせることができます。里親が体罰を与える際には、衝撃を和らげてない素材の下着であれば、着けたままにしておくのが良いでしょう。あるいは、より生地が薄く、お尻の穴と性器の部分のみを覆うような形をした下着を着けさせる代替案もあります。あなたが里親の場合、あなたの前で裸にされたお子さんは、不快で居心地の悪い思いをするだろうことを念頭に置いてください。



■ 姿勢
Positions


 このマニュアルで、星の数ほどある姿勢についていちいち取り上げることはしませんが、それは姿勢に関する話題がそもそもあまり意味の無い類のものだからです。どんな姿勢であれ、叩く場所に狙いをつけることができ、それ以外の場所を露出しないものであればOKです。ですので、昔から広く用いられてきた子供の両脚を開かせる姿勢には強く反対します。その姿勢では、お尻の穴と性器が見えてしまうからです。お仕置きのときは、両脚が常に閉じた状態を保たせてください。



■ 家庭のルール体系
A home justice system


 裁判所がすべての犯罪に対して同じ判決をくだしたら、あなたはどう思いますか?酒気帯び運転に対して8年の刑期。強姦に対して8年の刑期。殺人に対して8年の刑期。強姦に対して8年の刑期。強姦に対して8年の刑期。あまりにも変ですよね。それならば、子供がしてしまう多種多様な間違いに対して、同じお尻叩きを与えるのがおかしなことは一目瞭然です。効き目があったと親自身が納得するまで、お尻が赤くなるまで、あるいは子供が泣き叫び始めるまで。そういった条件のもとにお尻を叩く行為は、私の理解を超えています。それらの条件のもとで与えられる体罰は、筋がまったく通っていません。すでに述べたように、家庭における体罰は、現実社会の法体系にできるだけ似た枠組みのもとで執行されるべきです。

 そうした枠組みをつくりあげるのに多くの時間を割く必要はありません。まず用意するべきはひとつの罰則だけです。その罰則は、お子さんが普段してしまいがちな典型的なルール違反に対して何発お尻を叩くかおおよその回数を定めたものです。このとき、お子さんの年齢や、お子さんひとりひとりで異なる痛みへの耐性を考慮に入れると同時に、すべてのお仕置きは恐怖の対象となるほど厳しいものでなくてはならず、それゆえに強力な抑止力となるのだという事実を考えあわせて罰則を定めましょう。まずお子さんの年の数(あるいはそれを二倍にした数)をベースに、上記の要素を加味して数を追加するとよいでしょう。ルールは柔軟に運用してください。たとえば、「門限違反は子供の年の数に何分遅れたその時間の数だけ追加して叩かれる」、といった感じで応用してみてください。



■ 執行猶予
Probation


 お子さんの言い分を聞くのを忘れないようにしてください。お子さんが犯した間違いをどのように取り扱うか宣告する前に、情状酌量の要素を十分考慮に入れましょう。執行猶予を与えるべき時もあるのです。たとえば、お子さんがこれまでしたことのない何か「悪さ」をした時でも、その「悪さ」についてのルールがあまりはっきりしていなかったとか、その「悪さ」を異なる視点から見ることができる場合がこれにあてはまります。具体的にはこんなふうにお子さんに言い聞かせます。「あなたがした『悪さ』はほんとうなら*発お尻を叩かれるぐらい悪いことだけど、はじめてやったことだから、そしていろいろと弁解の余地もあるみたいだから、あなたが意図して悪さをしてやろうと思ってやったんじゃないと信じて、今日はお尻を叩きません。でも、次もし同じことをしたら、必ずお尻を叩きます。」

 思春期を迎えた子供たちのお仕置きには、慎重さがとりわけ求められます。思春期には、子供達は自分自身の他人とは異なる人格を確立するためにもがき、さまざまな「体験」をするのが常です。そうした時期には、体罰は以下のふたつのケースにあてはまったときにのみ与えられるべきでしょう。

1.子供が間違いを犯したことがはっきりしていて、しかもその間違いが故意に行われたものであるとき。
2.その間違いが、アルコールの濫用、ドラッグの使用、その他の重大な犯罪といった危険なものであるとき。

 特に2のケースについては、非常にきついお仕置きが必要でしょう。厳しい道具を使うか、(厳しい道具を使って)通常のお仕置きよりもはるかに多い回数を与えるべきです。ちょっとした親への反抗とか、めちゃくちゃに思える意見を言うとか、気が狂ったとしか思えない音楽や映画の趣味に耽溺するとか、そうしたことに罰を与えてはいけません。たとえお子さんが素行の悪い友人と付き合っているようなときでも、それに対する罰は控えるべきです。お子さんが素行の悪い友人と付き合っているような時は、話し合いの場を設ける努力を絶やさないようにしてください。お子さんと同じような年頃で、それまできちんと育てられてきた子供が、悪い友人たちと付き合っていたがために最後には犯罪に手を染めたり、犯罪の被害者となってしまった。お子さんの心に刻まれるそうしたエピソードを紹介してあげて下さい。

 次に、自慰や性に関する自己認識に関連した、思春期の子供が犯してしまう性に関する間違いについて取り上げますが、私は以下の原則が絶対に守られるべきだという固い信念を持っています。性に関する間違いについては、いかなる方法であっても絶対に罰を与えてはいけません。お子さんとそうしたことを話し合う機会を設けましょう。しかし無理強いしてでも話し合おうとはしないでください。男の子であれ女の子であれ、お子さんはそうした会話を親とすること自体に居心地の悪い思いをするかもしれないからです。そうしたときでも、性的な事柄について誰かと会話するときには、何か口に出す前に、頭の中で最低二回はその言葉を吟味するようにアドバイスすることは可能です。



■ 誓約
Parole


 思春期の子供たちに使ってみてわかったことですが、誓約は良い方法です。特に、子供たちが犯した間違いに確たる悪意が無かった場合、あるいは結果がそこまで悪くなかった場合には有効です。生意気な口答え、親への罵倒などといったふさわしくない言葉がつい口から出てしまった場合(家でそうした言葉を使ってはいけないというルールが設定されている場合でも)、もしそれが話し合いや議論のあいだに、感情の一時的な高まりによって引き起こされたものであるのなら、それは誓約によって扱われるべきです。誓約はつぎのことを意味します。「あなたがいましたことは~発のお尻をぶたれるに値します。もしあなたがこれに同意するなら、いますぐお尻を叩かれることはありません。もしあなたが今禁じられたことをもう一度したら、あなたは二倍の数お尻を叩かれることになります」もちろん、お子さんがこの取引を否定することもあるでしょう。お仕置きに関してどれが最良の選択なのか、それは彼/彼女の責任なのです。部分的な誓約もあり得ます。「あなたはいますぐ決まった数の半分の数を与えられますが、次には~発に加えて与えられなかったもう半分の数を加えてお仕置きします」



■ 何歳まで体罰を続けるか
For how long?


 あなたが決めてください。私の経験では、体罰は10代後半の子供たちにさえ効き目があります。法的な側面を述べると、あなたはお子さんが成人するまで何の問題もなくお仕置きを与えることができます。成人してからもお子さんをお仕置きするのはあまり適切ではないでしょう。もし成人した子供にも体罰を与え続けたい場合には、その問題について子供と話あいを持ち、同意を得たときだけにしましょう。



■ その他のお仕置き方法
Other kinds of punishments


 一番頻繁に行われているお尻叩き以外のお仕置きといえば、コーナータイムでしょう。10歳以下の子供にはとてもよく効くお仕置きと思います。そうした年頃の子供たちにとっては、動かないでいることそれ自体大変我慢を強いられることだからです。成長した子供たちにとってコーナータイムが効果があるかいうと、疑問符がつきます。10代の子供たちは、コーナータイムの時間を、考え事をしたり空想にふけったりしてやりすごしてしまうと思われます。膝をつかせて行うコーナータイムには反対です。それは子供の自尊心を傷つけることにつながるからです。コーンの粒や豆といったものの上にひざをつかせて痛い思いをさせる人たちもいるようですが、それは危険です。ひざがしらの骨、それを取り巻く軟骨、半月板は、簡単に損傷します。やめましょう。

 口を石鹸ですすぐお仕置きに私は不快感しか覚えません。普通に売っている石鹸の成分がどんなものかご存知ですか?子供たちの口にそうした化学物質をすべて入れてしまうのが安全だとでも言うのでしょうか?仮に化学物質が入ったものでなくても、石鹸は高アルカリ性です。口腔内で石鹸の消化がはじまると、身体全体の消化器系と胃酸の生成などのバランスが崩れてしまうのです。無責任な親だけが我が子の口に石鹸を突っ込んで平気な顔をしていられるのです。



■ 外出禁止と特権のはく奪
Grounding and loss of privileges


 外出禁止と権利のはく奪はたいていの場合効果的です。しかし子供の個性にあわせて考えなければなりません。親ならば、子供たちが一番大事にしている権利を知っていますし、各人がその権利を取り上げられたときどんな思いをするかわかっているはずです。権利とは、携帯電話、PC、車の使用といったものです。普通に効果のある罰です。特に10代の子供たちには有効です。



■ 結論
Closing words


 おしまいに、もう一度断言したいとおもいます。私がいままでこの目で見て感じてきたさまざまな体験は、体罰の有用性を強力にサポートしているということです。もうひとつの結論は、多くの親がこの優れた教育ツールをかなり本能にまかせて保守的な信念にしたがって使っていることで、それはしばしば完全に間違っています。体罰は非常に重要な問題です。それをどのように子供に与えるか決める前に、すべての重要な議論を考慮にいれる必要があるのです。読者の皆さんは我が子を愛していて、彼らを助け守り、教育し価値のある、幸せで有益な大人の生活を送ることができるように育て上げるためにはどんなことでもする。私はそのように信じてこのマニュアルを書きました。痛みを用いた罰はそれに不可欠なものだと私は信じます。そうした罰は、はっきりと厳しい痛みを伴うべきですが、後に残る害は残しません。

 最後にお願いがあります。これを書いた私が何者なのか詮索するのはやめてくださいね。職業柄有名人なので、私が住んでいる国では顔と実名は多くの人になじみのあるものなのです。しかしもしこのマニュアルの内容について質問がある場合には遠慮なくメールをください。ただし、私が誰なのか探るような質問にお答えすることはできません。もしこのマニュアルが有用であると感じたなら、ほかのひとにも読むように伝えてください。自由に拡散し、ウェブグループ、フォーラム、掲示板に投稿を。おつきあい頂きありがとうございました。
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